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ヘミングウエィとキューバ
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    ハバナのレストラン「フロリディータ」。ヘミングウエィが通っていたことで有名な店。観光客が押し寄せていた。ノーベル文学賞作家であって、アメリカを代表する現代作家。いつも、ヘミングウエィは同じ席に座り、砂糖抜きのダイキリ(フローズン・カクテル)を飲んでいたという。この日、僕も飲んだが、なかなかうまい。暑いハバナには合う。キューバには有名なハバナクラブと言うサトウキビで作った酒があってこれがなかなかうまい。ヘミングウエイはこれを店に来ると、10杯は飲んだという。

    20年以上、キューバにくらし、多くの人々と交流しながら多くの本をここで書いた。民衆の中に溶け込んで書いたと思われる作品が多い。

     

    長編にはこんな作品がある。最近は、読んだ方は少ないかもしれないが、書名はご存じの方が多かろう。

    日はまた昇る"The Sun Also Rises", 1926年

    武器よさらば"A Farewell to Arms", 1929年

    誰がために鐘は鳴る"For Whom the Bell Tolls", 1940年

    老人と海"The Old Man and the Sea", 1952年

     

    ヘミングウエィは行動派の作家でスペインの内戦にも国際旅団の一員として人民戦線部隊に参加し、フランコなどファシストと戦っている。『武器よさらば"A Farewell to Arms",『誰がために鐘は鳴る"For Whom the Bell Tolls"など、その頃の話を書いた作品も少なくない。

    スペインの内戦は、1936年に総選挙で共和派(人民戦線と呼ばれた。労働組合、社会主義者、無政府主義者、共産党など)が勝利し、フランコを中心とする軍部の中心が反乱を起こす。軍部や教会を中心にするファシストがすぐ勝つと思われたが、多くの民衆が共和派に参加し本格的な内戦になる。その後、ヒトラーのナチスドイツやイタリアが軍部側を支援し、人民戦線にも世界中から義勇軍として民主主義を守れという人々が参加し、大きな戦いになった。

     

    ぼくも数年前に、スペインのグラナダに行った時に、『血の婚礼』などの作品で知られるガルシア・ロルカがフランコ派に殺された場所、ブドウ畑の一角で自分で穴を掘らされて、銃殺された場所を歩いたことがある。


    ヘミングウエイの作品には映画化された作品も多く、ぼくも、『誰がために鐘は鳴る』を随分昔見た。1943年ゲイリー・クーパーイングリッド・バーグマンの主演で映画化もされた。もちろん、ハリウッド作品だが、こんな映画を第2次大戦中に作る力がアメリカには合ったのも驚く。

     見た時期は覚えていない。随分昔のことだ。中学生か小学生の高学年のころか。イングリッド・バーグマンを好きになったのはこの映画と『カサブランカ』からだ。ヘミングウエィは名文でも知られていて、大学の受験勉強のころに、彼の作品を英文で読んだ記憶もある。

     

      The world is a fine place and worth the fighting for.

      この世界は素晴らしい。戦う価値がある。

            

     Never think that war, no matter how necessary, nor how justified, is not a crime.

      いかに必要であろうとも、正当化されようとも、戦争は犯罪であることを考えなければならない。

     

    posted by: あおちゃん | - | 02:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    キューバ人と音楽
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      キューバに出掛けた大きな目的の一つ、『ビエナ・ビスタ・ソシアルクラブ』の音楽だった。もちろん、10年ほど前に全世界にキューバ音楽の魅力を伝えた、そのグループは半数はなくなり、今はない。しかし、あのお年寄りたちのキューバ音楽は一つではない。キューバの国中にあると聞いていた。その通りだった。ハバナにも人が集まるところには、お年寄りたちのバンドが街の至る所で、カリブの音楽を響かせていた。

      ここはトリニダの町。ハバナ以外にも多くのバンドが素晴らしい音楽を聞かせてくれた。音楽が始まると近くにいる人たちのダンスも始まる。酒がなくても、音楽で人々は楽しむ。

       

      これだけ注目され、みんなを喜ばせるなら、年をとる暇はないだろうと思う。事実、急場人の平均寿命はアメリカ大陸では最高。もちろん世界的に有名な、高い医療水準もあるが、音楽やダンスなど年をとっても楽しむ場がある。

       

       

       

      posted by: あおちゃん | - | 00:29 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      メキシコとキューバ
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        今回の旅で二つの国に行った。最初はメキシコ。本当はメキシコには4日間は滞在する予定だったが、パスポートの「ミス」で往路の1泊と帰路の2泊になってしまった。

         

        メキシコシティは旧市街の中心地、カテドラル広場も歩いたが、どこでも見えるのは警官の姿。数メートルおきに配置されている。中にはライフルで装備している警官の姿も。タクシーの運転手さんによると、犯罪が多く、観光客の安全のために警官を集中的に配置しているのだそうだ。帰路で出会った、日本人ガイドのYさんの話では、観光地のカンクンでも、時おりマフィアの銃撃戦があり、誘拐事件も多発するという。警察とマフィアの癒着も大きい。

        最近も、カンクンで、人の首がさらされる事件があったが、日本では大事件になるが、ここではそうでもないとさらりと言う。背景に貧しいだけではなく格差の大きさがある。

         

        スペインの植民地から独立間もないころに、アメリカによって現在のカリフォルニア州、ニューメキシコ州などはアメリカに併合された。昔、『アラモ砦』というジョン・ウエインやリチャード・ウイドマークという有名な俳優たちが出演した映画があったが、アメリカにとってはヒーロー映画だが、メキシコにとっては侵略された歴史をアメリカ側から作った屈辱的な映画となる。

         

        アメリカとメキシコの国境に「壁をつくれ」とトランプは言うが、実はここはもともとメキシコの人々、もちろん「マヤ」と言われる先住民族も含め、暮らしていた地域。そこをアメリカが軍事力で奪った地域で、もともとメキシコ人が多く住んでいた。そんな歴史を忘れてはならない。

         

        メキシコシティはアメリカ資本が大量に入ってきているが、道路などインフラは整備されているとはとても思えない。カンクンなどスーパーリゾートは別だが。

         

        マヤの人々など、先住民族の人々の貧しさは見ていてつらい。メキシコシティの旧市街には、夜遅くなると数メートルおきにホームレスの人々が横になっていた。中には子どもを連れた母親の姿もあった。民族間の格差の大きさが見える。

         

        下の写真は、キューバの新市街の中心地である。やはり観光客が必ず行くところだが、警官の姿は見えない。一人だけ、女性の軍人?警官?の姿が見えた。

         

        民泊をした宿舎のMさんは、旅行客が襲われた話はほとんど聞かないと話していた。たしかに夜10時ごろ、近くのレストランから旧市街を歩いたが、近所の住民同士が遅くまで、おしゃべりしていた。子どもが遊ぶ姿もあった。上半身裸のおじさんたちが、なにかチェスのようなゲームをしている。町の路地が、コミュニティの交流の場になっているのである。犯罪発生の場ではない。僕が歩いていても、ちらっと見るがそれだけ。

         

        キューバには、ハバナと中部のトリニダに行ったが、道路事情は決してよくはない。インフラの整備は遅れている。車は1950年代の乗用車だけではない。馬も大切な交通手段だ。

         

        しかし、子どもたちにはとてもやさしい。就学前教育から大学まで、給食や教科書を含み、すべて無償。今、日本では、憲法を変えて高等教育を無償に、という政権与党から出ているが、もともと、国はどんなに貧しくても、子どもの教育は無償と言う方針は国の隅々にまで確立している。それだけではない。キューバは多くの中南米の若者たちを留学生として受け入れているが、その学生たちもすべて無償(ただ)である。

         

        国はアメリカの経済制裁(ようするに「いじめ」である)によって社会全体は貧しいのに、犯罪が少ない。その答えは格差にあるように思える。アメリカとの関係がオバマ時代に好転し、観光客も多くなったが、格差がないのである。そして、教育から医療まで、人間が生きていくうえで欠かせない社会資本は整い、しかも金がかからない。安心して生きていける。貧困と格差の中で苦しむ世界で奇跡のような国があった。

         

        キューバになぜ、格差が見えないのか、それは融合の努力にある。キューバはスペイン系の白人(キューバ人と呼ばれる)とアフリカから「運ばれてきた」黒人奴隷だった人々によって構成されている。混血も進んでいる。ところが、カストロやゲバラたちの革命によって、差別はなくなった。民衆から未だにカストロが「フィデル」と呼ばれ、死んだときには国民の多くが涙し、愛されるゆえんもそこにある。格差は社会を分断する。キューバは格差を克服しようという世界の一つのモデルになるかもしれない。

         

         

         

         

        posted by: あおちゃん | - | 01:16 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        キューバ その1
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          5月2日にメキシコ経由でキューバに出掛ける予定が期限が切れたパスポートを持っていくという誰からも笑われてしまうようなミスをして、2日遅れで、今度は、切り替わったパスポートを持って、まず、メキシコシティへ、1泊して、キューバのハバナに出かけた。

           

          ここは空港から宿舎(ホテルではなく、民泊にした)までの途中の「革命広場」。民泊とはキューバ政府が進めている、一般の家庭で使用していない部屋を旅行者に貸す宿だ。ハバナや次に出掛けたトリニダにはたくさんある。2〜3千円出1泊できる。トリニダはもっと安かった。

           

          革命広場には、クラシックカーがずらりと並んでいた。町の中出走っている車もクラシックカーの方が圧倒的に多い。1950年ごろの車が「立派に」走っている。確かに、燃費は悪いかもしれないが、ゆったりして、乗り心地ははすこぶるいい。大事に修理しながら使っているようだ。今は人気で高額化しているそうだ。ここでも、多くの観光客が、クラシックカーを選んでいた。

           

          3人の写真が描かれた建物があるが、真ん中は、フィデルの弟でラウル・カストロ、今のキューバ政府のリーダーで、ゲバラやカストロ、カミーロと共にキューバ革命のリーダーだった。

           

          革命広場には、政府関係の施設が集中していて、内務省の建物にはご存じ、ゲバラの顔が。もう一つの政府機関の建物には、やはり1959年のキューバ革命の指導者の一人、カミーロ・シェンフェブスの顔が描かれている。(最初の写真、クラシックカーの車の上

           の建物)カミーロの顔の下には、こんな文字が描かれている。

           

           (フィデル)「これでいいかい。カミーロ」

           (カミーロ)「それでいいよ。フィデル」

           

          当時のキューバ革命の若いリーダーたちの関係性が知れる言葉で楽しい。

           

          キューバ革命の指導者、エルネスト・チェ・ゲバラもその後、キューバの指導者として、民衆から、Comandante(司令官、指導者と呼ばれていた)フィデル・カストロも亡くなったが、彼らが清貧を貫き、今もって民衆から愛された指導者であったことを、色々な人たち(市井の人たちだ)から聞いた。

           

          ハバナの次に300キロほど離れたトリニダに行ったが、ここでも、民家にとまったが、宿の女性から、「Comandanteが亡くなった時には私たちも泣いたわ」と話すのを聞いた。

           

          キューバは、長年のアメリカの経済封鎖によって、経済的な苦境が続いて、みな貧しい。インフラも十分ではない。キューバの前に、メキシコシティに行ったが、アメリカの隣のこの国では貧富・人種間の格差を強く感じたが、キューバではほとんど感じなかった。夜、メキシコでは出歩くのは相当な注意が必要だが、キューバは、町は暗くても夜遅くまで、家の入り口に、近所の人が集まっておしゃべりしている風景をたくさん見た。穏やかや、地域ができている風景である。

           

          格差が地域をどのような変えたか、格差がない社会が、人をどうつないでいるか、その様子を次回も書いてみたい。

           

           

           

           

          posted by: あおちゃん | - | 00:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          あれ、パスポートが・・・・教育費が・・・
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            本当は昨日の午後の便でメキシコに行き、メキシコシティからハバナに向かうはずだった。ところが、成田のチェックインの際に、パスポートが昨年に切れたものをそのまま持ってきていて、なんと!新しく作り直したパスポートを自宅に置いてきていた。

             

            チェックインの際に通訳代わりに同行していた次女は青ざめ、ぼくはと言えば、言葉が出なくなり、係りの女性に切れたパスポートを見せて、「これじゃあ、だめですよね」などと馬鹿なことをいい、係りの女性も気の毒そうな顔をしたが、「なにをおばかな?」と心の中で思ったかどうかは知らない。

             

            しかし、今の活動を始めてから国外に出ることが、本当に難しくなり(時間がない)、おととし韓国のシンポジウムとスペインのガリシアに出かけたぐらい。以前は、毎年、ヨーロッパや中国、台湾に出掛けていたことを考えれば、おとなしくなり、こんなミスなんて考えられなかったが、仕方ない。

             

            次女は先に出発し、今日、メキシコシティから楽しそうな声で電話(ライン)をしてきた。僕はと言えば、成田から、荷物をそのまま引きずって、全く「とぼとぼ」と家に戻った。

             

            それから、長女がもう一度チケットを捜し、予定は、少し短くなったが、明日から(4日)に、再度、成田に向かうことになった。

            なんと・・・。娘たちと相方には申し訳ないことをした。お世話になるばかり・・・。

             

                  

             

             おかげで今日(3日、憲法記念日)は1日空き、群馬県の館林に家族で花を見に行った。茂林寺の近くに東武電車が経営する公園がある。バラは来週か再来週からだが、その他の春の花々が満開。素晴らしい日だった。

             夜は、テレビ朝日の「報道ステーション」の『教育費の無償化と憲法改正』に少し、30秒〜3分ほど出た。予め、ビデオ撮影をして、テレビ局が編集した出演?だった。少しだが、さいたま市の学習支援教室が出た。いつもだが、行くと本当に子どもたちがすてきだ。学生たちといろいろな話をしたり、勉強を集中している子もいる。本当にみんな一生懸命生きている。

             

            お話したのは、30分近くだが、出るのはいつもこんなもの。文句は全くない。教育費の無償は憲法上の権利だし、国連人権規約で1966年には漸進的だが無償化しなければならないことになっている。50年間、留保し、時の政権がネグってきたのである。留保が外れたのは2012年、民主党政権になってからだ。子どもの貧困や格差の拡大にとって、高額な教育費大きな問題であることはすでに明らかと言っていい。

             

            高校授業料の無償化は3年前に、民主党政権下で無償になったが、その時には自公側は激しく反対していたのだが。。。?  

             今になって・・・なぜ変わったのか??? 自公政権になって、就学支援金に変わっている。恩恵にあずかっている子どももいるが、手続きが複雑で受けられない世帯も少なくない。大学進学率は55%だが、地方と首都圏では、2倍近く差がある。同じ公立高校でも、就学支援金を受けている生徒の割合が、10%から90%と大きな格差もある。

             

            教育費は、授業料だけではない。部活動、給食費、制服代、靴代(上履き、体育館履き、グランド用、もちろん通学用も、これを一度に買わなければならない)も高い。日本は、予備校や塾という学校外の教育費が半ば常識になっている異常な国なのである。ヨーロッパなどではなかなか、信じてもらえない。「なんのために???」

            その他の学校外教育費の多寡が学力や将来の進路に大きな影響を与えている。高校&大学の教育費は、ほぼ1000万円かかるという調査もある。そんな話をした。聞いておられた方には通じただろうか?

             

             

            posted by: あおちゃん | - | 01:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            いよいよ?GWです。
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                         ルームの花壇、毎日楽しんでいます。

               

                いよいよ5月、世の中はGW。東京(ソウルではない)の地下鉄がミサイル実験で止まったりとかなり異様な日本社会ですが、どの国も戦争はしたくないようです。当たり前ですが。安倍さんとトランプさんは盛り上がっているようですが。二人とも政権支持率を上げるためには危機の方がいいようです。日本のメディアは毎日、朝鮮半島情勢報道に熱心ですが、韓国では日本の報道を??という感じだそうです。

               

               それはともかく、ぼくも少し休暇をもらうことにしました。ルームの若者たちやたまり場に通ってくる子どもたちは、あまり休みは好きではないみたい。気持ちはわかります。スタッフには申し訳ないのですが。

               

               浦和の事務所では、毎日、昼礼をしているのです。そこで今日、ぼくは、実は今日、5月1日はメーデーという比で、労働者のお祭りで、むかし、学校を休んで街をデモした経験があると話しました。メーデーという言葉も若者たちは、「それって??」。

               

               韓国で大統領が民衆の行動で辞めることになりましたが、民主主義が機能していることに驚きます。日本社会の無力感にはこちらも驚かされます。政治家がどれほどでたらめなことをやっても、民衆が怒らない?(怒っている人もいますが・・・)

               

              辺野古や東北で民衆の心をどれほど傷つけようが、国民の財産をただ同様でたたき売りしても、政治家や官僚は責任を取らなくてもいい。これでは、独裁政権を民衆自身がつくっていると言っても間違いではない。ここまでやりたい放題を許しては・・・・と思うGWの前の心境でした。

                  

                   

                   夕暮れ、自宅から西を見ています。

               

                  韓国の若者たちの選挙への関心の高さの原因がわかる報道です。

               

                    https://news.yahoo.co.jp/feature/593

               

               

                               

              posted by: あおちゃん | - | 17:21 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              清水さいたま市長訪問
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                 昨日の金曜日は、さいたまユースの畑の日。畑は見沼区のグリーンセンターの近く。ルームから、みんなで車に乗って、10分ほど。

                 ルームの若者たちと出かけました。まず、草取りを全員で。その後、大根とにんじんの種まき。

                 2月末に植えたジャガイモやネギがだんだん大きくなってきて、6月の収穫まであと2カ月。楽しみです。これから、夏野菜の種まきです。

                 

                           

                 

                自立支援ルームがある桜木町2丁目は、再開発の対象地になっていて、近く移転が必要になっていて、ルームの若者や保護者の方々、議員さんたちと清水さいたま市長に若者たちが生活するのに適切で、せっかく地域の住民の方々といい関係ができたので、これからも住民の方々と支えたり支えられたりと言う関係が続くように、それが可能な場所を探していただくようにお願いをしてきました。清水市長からも、若者自立支援ルームはさいたま市にとっても大切な事業で、いい場所を探したいと言うお話をしていただきました。嬉しい訪問でした。若者たちもしっかり説明をしていました。

                 

                     

                posted by: あおちゃん | - | 19:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                若者自立支援ルームの庭の花壇
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                     大宮の桜木町の若者自立支援ルームの庭の野菜畑のさやえんどう。ボランティアのラッキーさんとハッピイさんが若者たちと一緒に育てている。最近どんどんできて、水曜日のランチカフェや金曜日のまんま食堂で貴重な食材になっている。

                   

                   下は隣にあるハーブ畑。こちらもボランティアの方々が育てている。

                   

                                    

                   

                   先週末から北海道で学生向けの講演をして札幌の方々、北星学園の平野校長先生たちと一緒に飲む機会もあり、学校の様子を教えていただいた。翌日、余市に行く機会もあって、北星学園が1年生が70名を超えて入学性がいた話も地域の方から聞いた。よかったという思いと来年も一層たくさんの入学生が来ればいいという思いと重なる。

                   

                   

                    ルームのバラ園? なぜか、良く咲いている。不思議なほど。そんなに、肥料を上げているわけではないが、良く咲いている。本当にきれいです。ぜひ、覗きに来てください。

                   

                       

                  posted by: あおちゃん | - | 15:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  ルームのスズラン
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                     今日のルームは比較的に静かです。畑のボランティアのお二人が、若者たちと一緒にうねづくりをしています。ルームの花壇には

                    スズランがさきはじめました。今年もバラが早いです。

                     今日の午後は、中国語講座、アートセラピー、畑が同時並行に進み、交流スペースでは自分で時間の過ごし方を決めている若者たちがおしゃべりなどを楽しんでいます。

                     

                     

                            

                    posted by: あおちゃん | - | 14:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    あごちくわといぎす
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                       郷里の産物です。上は「あごちくわ」、ご存じでしょうが、トビウオのちくわです。歯ごたえがよく、トビウオのおいしさが好きです。下は「いぎす」と言ってますが、山陰の海に多く植わっているイギス草でつくられている寒天らしいものです。じつは、ぼくはこれがたまらなく好きです。郷里に帰ると近くの店で買ってきます。母がいた頃は、僕が帰る日には必ず、「いぎす」ができていました。懐かしい思い出になりました。

                       

                       今日は明治の授業日でした。今日も面白い授業でした。中国の講習で、「家族の歴史を聞き取り、中国の現代史を考える」と言う授業運動が行われています。

                       

                       学生たちは、歴史は、ものがたりでもなく、ただの概念に過ぎない。だから「社会科は暗記教科」となるのです。家族史の聞き取りは、社会科は時代と向き合うことであり、真実へのアプローチであり、時代認識なのです。

                       

                       暗記は概念を概念として覚えることですから、なかなか発展しません。ところが、歴史は、その時代に生きた人々の伝承なのです。

                       歴史学とは何か、政治学とは何か? そんなこともじっくり議論しようと待っています。

                       

                       

                            

                      posted by: あおちゃん | - | 00:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |