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人への投資
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     朝日新聞  (欧州季評)政治に目覚めた庶民たち 「人への投資」が心摑んだ 

     

     すぐれた評論でした。

     

     ルームの入り口のバラが咲き続けている。

     

        

     

    今、日本社会にも必要なのは「人、とりわけ子どもと若者への投資」です。就学前教育からの教育の無償化は立法政策の問題で、民主党政権でもできたことです。私たち(親)の世代は、大学はじめ教育費は無料に近かったのです。若者たちが「自分たちは損をしている」「社会から見捨てられている」と思わない社会を再建しなければなりません。オリンピックなどへの投資に比べれば安いものです。若者たちが高齢者の仲間入りをする頃には日本社会には社会を支える労働力は存在するでしょうか。彼らに年金を払うことはできるのでしょうか。日本の政治に必要なのは人への投資です。

        

           

     

     

    posted by: あおちゃん | - | 22:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    青年劇場の役者さんたちがやってきた
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       22日の木曜日から、劇団「青年劇場」の役者さんたちがルームを訪問して、利用者の若者たちに「演劇指導」?をするというイベントが始まった。月に2回程度、やってきて、演劇の面白さを伝える試みなのだが、第1回は、劇団の役者さんたちとルームの利用者の若者が順番に演じた。

       

       見ている利用者もスタッフも大きな声で笑い転げていた。シナリオはできていて、読めばいいのだが、振り付けは少し教わっただけで、後は自分の工夫でパフォーマンスをする。「地球防衛隊の大宮桜木町(ルームの所在地)の隊長のカエルと焼き鳥屋のおやじが登場するという楽しい話だが、若者たちがカエルになったり焼き鳥屋のおやじに扮したり、いろいろ楽しんだ。

       

       演じている若者たちが、つい最近まで、人の中に入ったり、電車に乗れなかったり、学校に行けなかったということをだれも信じないだろう。

       

       それほど楽しく大きな声で笑った時間だった。これから、いろいろ試して12月のクリスマスに何かできたらいいなあ、そんなことも考えている。

       

       

       

                                 

                                

      posted by: あおちゃん | - | 10:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      日本政策学会 in関西大学
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         エレベーターで移動する関西大学

         

        金曜日から大阪へ。府立のA定時制高校の教職員の研修の講師をし、翌日は、言語政策学会のゲストスピーカーとして、関西大学へ。初めての大学で、大阪府の北部にある吹田市の阪急関大前のすぐ。山の上にある大学で、エレベーターが次々に会って登っていく。面白い大学でした。創立100年をかなり超える古い大学ですが、建物はきれい。

         学会は、多様社会における言語教育政策がテーマでした。僕にとっては、外国人教育と格差社会における教育の問題を要請されて報告をした。基調報告の同志社大学の峯陽一さんが、100年後の世界について話していたが、100億人の世界人口の内訳はアフリカ人が40億、アジア人が40億、ラテンアメリカを入れると80%を超える人々が世界を占めることになる。言語の問題を語っていたが、どんな世界が待っているんでしょう。

        その頃の日本は?人口は 5000万人? 今の3分の1近くになっている? 若者はどの程度? アジアやアフリカからの移民で「純粋」な日本人なんているのか? 「大和」なんて死後になっている?たぶん。何語が母語に? はっきり言って予測なんてできない。世界言語として、中国語とスワヒリ語がつかわれていたりしているかも?

         

         それはともかく、色々な方意見が出たが、外国人の子どもたちの教育において学習言語のむずかしさが議論されたが、僕は外国人の子どもたちだけではなく、多くの子どもたちが学習言語、学校文化から取り残されている現状をお話した。外国人の子どもたちは、安い労働力として期待されても、教育や社会保障は枠の外と言う日本のやり方はひどい。税金はとるがサービスはない、と言うやり方。子どもを学校教育を受けさせるかどうかは親次第と言う。多くの外国人の子どもが学校教育を受けていない。貧困化したり、非行の道に入っていく子どもたちも多い。

        移民政策を法的に確立すべきだ。

         

         金曜日は、定時制高校の研修会が終わって、夜はその学校のK先生と大阪の新聞社のN記者と大阪府庁のTさんと4人で面白い飲み会。近くにホテルを予約したこともあって、0時まで色々なお話をした。4人も集まると話題は尽きない。

         学会が終わって懇親会を誘われたが、固辞して新大阪駅へ。10時過ぎに自宅へ。

         

         

         

        posted by: あおちゃん | - | 10:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        夏野菜の植え付けを・・・
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            ユースの畑はジャガイモの収穫期が近くなっているが、今使っている畑は、6月いっぱいでかさ上げの工事が始まり、近くの畑に異動しなければいけなくなる。まだ、もう少し、このままジャガイモを土の中に置いておけば大きくなりそおだが、そうはいかないので、先週少し、若者たちが出かけて収穫をした。少しだったが、ケースに2杯分収穫をした。まだ、こぶし大にはならないが、仕方ない。今週のランチカフェやまんま食堂でみんなで食べよう。

           

           ねぎは近くの移転先の畑に移植している。不思議なもので、すぐに3倍4倍に増えている。ピーマンやナスなどの夏野菜も植えてきた。これから、楽しみが続く。

           

             

          posted by: あおちゃん | - | 16:55 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          韓国新大統領文在寅(ムン・ジェイン)はなぜ支持率85%なのか
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            韓国の新大統領  文在寅(ムン・ジェイン)氏は得票率40%が、この演説の後、支持率85%にもなった。なぜ、国民の多くがこの日の文在寅大統領の演説に共感したのか。韓国は、実力で(自分自身の人生)でここまで歩んできた大統領を選んだ。彼の言葉と人間としての思想を韓国民は知り、共感した。それは、韓国民のアイデンティティではなかったのだろうか。

             

             韓国の光州で行われた「光州事件」(1980年5月に起きた学生や市民の軍事独裁政治に反対するデモに対し、軍隊が発砲し、多くの学生や市民が死に、傷ついた事件。韓国の現代史上で最も悲劇的な事件として知られる。)37周年の記念式典に参加した文在寅(ムン・ジェイン)大統領の演説は海を隔てた日本社会に何を伝えるだろうか。

             

            moon jae in           

             

            韓国では新しい大統領が民主化運動の中で選ばれた。前の朴大統領がやったことも「政治の私物化」である。家族同様の人間で政治をした。アメリカもトランプ一家である。日本も代々、2世、3世(4世も)の政治家一族が政治(国家の利権)を独占している。彼らもまた、自分の実力で選ばれたわけではない。

             

            文在寅大統領は両親は朝鮮戦争の避難民、貧しい暮らしの中で奨学金で大学まで学び、当時の朴軍事独裁政権と戦う学生運動の中に入り、逮捕されるなど経験し、その後弁護士として、労働者や弱者の人権のために戦うという経験を持つ。日本の世襲政治家たちとは違い、自分の実力で現在の地位に就いた。

             

            彼が、大統領就任から9日目に開かれた光州事件の記念集会で話した言葉が多くの韓国国民の心を打った。あの激しい大統領選挙で、国の分断が心配された中での演説であった。韓国の民主主義の現実を見て、心を打たれる人も多いのではないか。「民主主義が生きている」、韓国国民の多くにアイデンティティが共有された瞬間でもあった。

             

            日本社会でここ数年起きている事態は深刻である。「忖度(そんたく)」などではない。はるかにそれより先に進んだ「政治の私物化」である。違法行為(違憲行為)であれ、どんなにウソをつき続けても、何をしても許される、見逃してしまう。巨大新聞が、権力のウソを守るような記事を1面に「堂々と」書く。ジャーナリズムの精神など放り投げている。明治憲法が制定され130年。立憲主義の意味が無視されるなど、明治の元勲たちも驚いていることだろう。政治は国民のものである。国民が国民のために行うもの

            である。政治は国民のものという韓国の民主主義を学びたい。

             

            文在寅(ムン・ジェイン)大統領は原稿を見ることもなく、このように語った。民主主義のために命を懸けてきた人間だからこそ語ることができる言葉と受け止めた。1985年、ドイツのワイツゼッカー大統領の「過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目となる」という演説を思い出す。韓国国民はこんな人物を大統領に選んだ。

             

            「1980年5月の光州は今なお生きている現実です。いまだに解決されていない歴史です。大韓民国の民主主義は、この悲劇の歴史を踏みしめて立ち上がりました。光州の犠牲があったからこそ、私たちの民主主義は持ちこたえて、再び立ち上がることができました。」

             

            「5.18は不義の国家権力が国民の生命と人権を蹂躙した私たちの現代史の悲劇でした。 しかし、これに対抗した市民のたたかいが民主主義の道しるべを立てました。真実は長い間隠蔽され、歪曲され、弾圧されました。しかし、厳しい独裁の暗やみの中でも、国民は光州のともしびをたどって一歩ずつ進みました。光州の真実を伝えることが民主化運動となりました。

            釜山で弁護士として活動した私も違いませんでした。私自身も5.18の時に拘束されましたが、私が経験した苦痛は大したことではありませんでした。光州の真実は私にとって無視できない怒りで、痛みをともに分かち合うことができなかったという、あまりにも大きな負い目でした。その負い目が民主化運動に乗り出す勇気をくれました。それが私を今日この席に立たせるまで成長させてくれた力になりました。」

             

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             5月18日午前、光州で開かれた「5.18民主化運動37周年記念式」で遺族の追悼式辞を聞く中、涙を流す文在寅大統領と丁世均(チョン・セギュン)国会議長

             

            1980年5月韓国、全羅南道の光州市で武装警官隊や軍隊と対峙する学生市民。この後軍が発砲し、多くの犠牲者が出た。

             

            5月18日午前、光州で開かれた「5.18民主化運動37周年記念式」で文在寅大統領の演説全文

             

            尊敬する国民の皆様。

            今日5.18民主化運動37周年を迎え、5.18墓地に立って、非常に感慨深いです。37年前、あの日の光州は、私たちの現代史で一番悲しくて痛ましい場面でした。私は80年5月の光州市民をまず思い浮かべます。誰かの家族であり、隣人でした。平凡な市民であり、学生でした。彼らは人権と自由を抑圧されない、平凡な日常を守るために命をかけました。私は大韓民国の大統領として、光州の英霊の前で深く感謝申し上げます。5月の光州が残した痛みや傷を秘めたまま、今日を生きていらっしゃる遺族と負傷者の皆様にも深い慰労の言葉を申し上げます。

             

            1980年5月の光州は今なお生きている現実です。いまだに解決されていない歴史です。大韓民国の民主主義は、この悲劇の歴史を踏みしめて立ち上がりました。光州の犠牲があったからこそ、私たちの民主主義は持ちこたえて、再び立ち上がることができました。私は5月の光州の精神でもって、民主主義を守ってくださった光州市民と全南道民の皆様に格別の尊敬の言葉を差し上げます。

             

            尊敬する国民のみなさん。

            5.18は不義の国家権力が国民の生命と人権を蹂躙した私たちの現代史の悲劇でした。 しかし、これに対抗した市民の抗争が民主主義の道しるべを立てました。真実は長い間隠蔽され、歪曲され、弾圧されました。しかし、厳しい独裁の暗やみの中でも、国民ら、光州のともしびをたどって一歩ずつ進みました。光州の真実を伝えることが民主化運動となりました。

            釜山で弁護士として活動した私も違いませんでした。私自身も5.18の時に拘束されましたが、私が経験した苦痛は大したことではありませんでした。光州の真実は私にとって無視できない怒りで、痛みをともに分かち合うことができなかったという、あまりにも大きな負い目でした。その負い目が民主化運動に乗り出す勇気をくれました。それが私を今日この席に立たせるまで成長させてくれた力になりました。

             

            5月の光州はとうとう、昨冬に全国を灯した偉大なろうそく革命として復活しました。不義に妥協しない怒りと正義が、そこにありました。国の主人は国民であることを確認する喊声が、そこにありました。国を国らしくしようという激しい情熱とひとつになった心が、そこにありました。

            私はこの場であえて申し上げます。新たに発足した文在寅政府は、光州民主化運動の延長線上に立っています。1987年6月抗争と金大中政権、盧武鉉政権の流れを継いでいます。

             

            私はこの場で誓います。新政府は5.18民主化運動とろうそく革命の精神を重んじ、この地の民主主義を完全に復元するでしょう。光州の英霊が安らかに眠れるよう、成熟した民主主義の花を咲かせます。

            私たちの社会の一角では依然として、5月の光州を歪曲して毀損しようとする試みがあります。容認できないことです。歴史を歪曲して民主主義を否定することです。私たちは多くの人々の犠牲と献身で成し遂げられたこの地の民主主義の歴史に自負心を持たなければなりません。

             

            新政府は5.18民主化運動の真相を究明するのに、大きな更なる努力をします。ヘリコプター射撃まで含めて、発砲の真相と責任を必ず突き止めます。5.18関連資料の廃棄や歴史歪曲を防ぎます。全南道庁(*1)の復元問題は、光州市と協議して協力します。

            完全な真相究明は進歩と保守の問題では決してありません。常識と正義の問題です。私たち国民みなが共に培わなければならない民主主義の価値を保存することです。

             

            5.18精神を、憲法前文に盛り込むという私の公約も必ず守ります。光州の精神を憲法に継承する真の民主共和国の時代を切り拓きます。5.18民主化運動はやっと全ての国民が記憶して学ぶ、誇らしい歴史として位置付けられます。5.18精神を憲法前文に盛り込み、改憲を完了できるようにこの場を借りて国会の協力と国民の皆様の同意を丁寧にお願い申し上げます。

             

            尊敬する国民の皆さん。

            「あなたのための行進曲」は単なる歌ではありません。5月の血と魂が凝縮された象徴です。5.18民主化運動の精神、そのものです。「あなたのための行進曲」を歌うのは犠牲者の名誉を守り、民主主義の歴史を記憶しようということです。今日「あなたのための行進曲」の斉唱はこれまで傷ついた光州の精神をもう一度蘇らせることになるでしょう。今日の斉唱でもって不要な論争が終わることを望みます。

             

            尊敬する国民のみなさん。

            2年前、珍島・彭木港に5.18の母が4.16の母(*2)に送った横断幕がありました。「あなたの無念がよく分かる。頑張ってください。倒れないでください」という内容でした。国民の生命を踏みにじった国家と国民の生命を守れない国家を痛烈に叱る叫びでした。二度とこのような無念さが繰り返されないようにします。国民の生命と人の尊厳を天のように尊重します。私はそれが国家の存在価値だと信じます。

             

            私は今日、5月の死と光州の痛みを自身のこととして世に知らせようとした多くの人々の犠牲と献身も共にたたえたいです。

            1982年光州刑務所で光州真相究明のため、40日間の断食ののち、獄死した29歳、全南大学の学生のパク・ガンヒョン。

            1987年、「光州事態責任者処罰」を叫びながら、焼身自殺した25歳、労働者のピョ・チョンドゥ。

            1988年、「光州虐殺真相究明」を叫び、明洞聖堂教育館4階から投身自殺した24歳、ソウル大学の学生のチョ・ソンマン。

            1988년、「光州は生きている」と叫び、崇実大学の学生会館の屋上で焼身自殺した25歳、崇実大学の学生のパク・レジョン。

            多くの若者が5月の英霊の魂を慰め、身を投じました。責任者処罰と真相究明を促すため、命をかけました。国家が責任を放棄している時、すべからく明かして記憶すべきことのために自身を捧げました。真実を明かそうとしていた多くのジャーナリストや知識人も強制解雇されて投獄されました。

             

            私は5月の英霊らと共に、彼らの犠牲や献身を無駄にすることなく、これ以上、悲痛な死と苦難がない大韓民国へと進みます。誠(真実)が嘘に勝つ大韓民国へと進みます。

            光州市民にもお願い申し上げます。光州の精神で犠牲となり、生涯を生きてきた全国の5.18をともに記憶してください。もう差別と排除、銃刀の傷跡が残した痛みを踏まえて、光州が正義の国民統合の先頭に立ってください。光州の痛みが痛みにとどまらず国民みんなの傷と葛藤を抱く時、光州が差し出した手は最も丈夫で、強い希望になるでしょう。

             

            尊敬する国民の皆さん。

            5月の光州の市民らが分かち合った「おにぎりと献血」こそ私たちの自尊の歴史です。民主主義の本当の姿です。命が去来する極限状況でも、節制力を失わず、民主主義を守り抜いた光州の精神はそのままろうそく広場で復活しました。ろうそくは5.18民主化運動の精神の上で国民主権時代を開きました。国民が大韓民国の主人であることを宣言しました。文在寅政府は国民の意思を尊重する政府となることを光州の英霊の前で宣明します。

            互いが互いのために、互いの痛みを労わう大韓民国が、新しい大韓民国です。常識と正義の前に手を差し出す人たちが多くなるほど、崇高な5.18精神は現実の中で生きる価値として完成することでしょう。

            もう一度、謹んで5.18英霊らの冥福を祈ります。

            ありがとうございます。

             

            posted by: あおちゃん | - | 08:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            日本の政治の私物化とキューバの現実
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               キューバのカリブ海に面したトリニダ−の町。のんびりとした静かな町で、世界遺産にもなっている。町はこんな路地のような通りに面して2階建てか、3階建ての民家が並んでいる。観光客向けの民泊(民家泊、部屋ごと、階ごと貸す方式)を営んでいる住民も少なくない。ぼくも、1日、1500円で2階部分を借りた。2ベッドルーム、バスルーム、トイレ、キッチン、ベランダがついている。次女と2人で1日3000円。朝夕は、部屋の所有者の女性(この人もたまたま教師だった)とおしゃべりして、キューバでの暮らしを教えてもらった。こんな時間が一番貴重。

               
               

                    

               

              学校も近くて、小中学校と言う形式の学校。この町は19世紀の中ごろまで奴隷貿易の拠点で、奴隷を使用したサトウキビのプランテーション出町が栄えたみたいだ。町には博物館があって、下の図が貼ってあった。アフリカの西部の海岸(奴隷海岸、象牙海岸と今でも呼ばれる)から、荷物のように運搬されてきたアフリカ人たち。はっきりしたことは不明だが、半数近く、それ以上かもしれないが、途中の海で捨てられた人々も多い。

               

              そんな人々の子孫がこの町にもたくさん暮らしている。ぼくたちのレンタルルームの所有者のMさんもその一人。

               

               トリニダ−の町から車で20分走るとこんな海が広がる。カリブ海だ。観光客はまだまばら。冬になるとずいぶん増えるらしい。ヨーロッパやアメリカは寒い冬。キューバは暖かく、楽園になる。

               しかし、メキシコのカンクンはホテルが20キロも続く巨大なリゾートだが、トリニダ−の海は静かで素晴らしい。近くの子どもたちが親に連れられて泳ぎに来ていた。英語圏の夫婦や友人グループがちらほら。この自然な美しさはいつまで維持できるだろうか。

                       

               町のあちこちに、カストロや弟のラウル(今の指導者)、ゲバラの写真がある。みんな若い。国民から、彼らの評価は高い。色々な人に話を聞いたが、彼らに対する感情は、「支持・不支持」というより愛情に近いものだった。フィデル・カストロやラウル・カストロが国民にいかに近い存在か、感じられた。興味深い。

               森友や加計学園の事件などから見える日本の政治の一部のグループによる政治の私物化から社会の分断が進んでいるが、そんな社会からキューバを見ると、みんな貧しいが、社会の分裂が少ない社会は新鮮に映る。

               

                        

              posted by: あおちゃん | - | 19:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              やはり、キューバ
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                 このタイプのトラックが十分に使われている。

                 5月8日にキューバの首都ハバナから中部のトリニダーへ向かった。約300キロを5時間かかって移動。タクシーだったが費用は約10000円。次女と二人だったので、バスより少し高いくらい。途中の海を眺めながら、休憩しながらの移動。高いか安いか?

                 トリニダ−に移動する前には、ハバナの民家に宿泊した。民泊である。このうちは、9階建てのマンションの4階の1室。ベッドルーム2、ダイニング、キッチン、トイレ、バスの部屋。快適だった。1人1泊3000円。(トリニダ−の民泊は1泊1500円。オーナ−の女性にもう少し高くしてもいいのではと話したが・・・)

                 

                ハバナのこの部屋の持ち主はMさん、50代?の小学校の先生。専業主婦の妻と子どもが2人。一人は医学生という。落ち着いた話し方で社会を冷静に見ている。穏やかな人格を感じさせる人物だった。このマンションはアメリカ統治時代にはアメリカ人が所有していたが、祖母が取得し、父に引き継がれ、今はMさんが所有しているのだそうだ。マンションも相続しているし、かれが持っている1950年代のアメリカ車も50年代に祖父が手に入れ、それから父へ、Mさんがその後も、修理をしながら所有してきたという。実に丁寧に使われている。アメリカの経済制裁はさまざまなところで、この国にダメージを与えたが、この国の隅々にまで、ものを修理しつつ、丁寧に使うという気風を国民の中に育てたのではないか。

                日本の使い捨て文化社会から考えると、物を大切にしながら親から子へそして孫へ引き継ぐという文化はすてきだ。Mさんの車やマンションも美しく使われていた。物を大切に使ってきたことがよくわかる。

                 

                クラシックカーは高くなっているが、日本ではなんという車が人気があるか、聞いてきた。車が好きそうだ。僕と言えば、自分も免許はなく、車を運転しない。乗せてもらうだけ。キューバでは、クラシックカーに何度も乗ったが、楽しかった。

                気候も以前出かけた、イタリアのシチリアに似て、湿気が少なくさわやかだった。

                 

                 

                 トリニダーも民家泊、マンションの屋上がテラス(左上の図)になっていて、ここで食事を頂いた。朝夕は涼しい。(右上の図)のこの子は中学生。全国的に同じコスチュームだった。小学生から高校生まで、全国的に同じ制服(ちなみに大学まで学校はすべて国立)なので、親は便利。卒業したら、後輩に引き継ぐのだそうだ。ちなみに教科書も、新入生に引き継ぐという。日本の使い捨てとは違う。

                やはり、スマホを持っている。ここは日本と同じ、最近は外で野球ではなく、家でゲームをやる子が増えているんだそうだ。先生たちは少し心配していた。

                posted by: あおちゃん | - | 22:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                共謀罪??加計学園??
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                  さいたま市若者自立支援ルームのバラが咲き誇っている。手前の白いバラはガブリエル。香りが素晴らしい。来室する若者たちやお客様たちを楽しませている。

                   

                   最近、憤(いきどおって)っていること、新たな獣医学部新設で話題の「加計学園」の話だ。土地代は無料、今治市、愛媛県から100億を超える金が出されて、必要かどうかも明らかでない大学ができる。そんなことがどうしてできるのか。規模は森友学園の比ではない。

                   大学設立者と総理大臣が友達だから・・・。これは、法治ではなく人治、つまり民主主義社会ではないということであって、法律的には「背任」、金のやり取りがあれば、汚職と言うことになる。

                   

                  そうとう、しっかりした文書を突き付けられても「知らぬ存ぜぬ」の繰り返し。ようするに嘘をつき続けているのである。

                  この政権はもうだめだ。国民に嘘をつき続ける。もっとも嘘をつき続けざるを得ないほど、強引な政治を行っている。

                   

                  「共謀罪」もその一つ。本当に恐ろしい話だ。昨日は学生たちと少し議論したが、そんなに難しい話ではない。

                   民主主義国家には社会の安全や安心、つまり治安を守るために、刑事法(刑罰法規)が定められている。これを国家や権力者が、好きなように使うと、市民はいつ、身体の自由や生命が脅かされる恐れが生まれる。そこで、「罪刑法定主義」「デュープロセス」という原則が作られている。つまり、「罪とされている行為態様」があらかじめ定められている。それを罪刑法定主義と言う。

                  そんなことをしなければ、警察から監視されたり、呼びつけられたり、あげくの果てには、留置所に入れられたりすることはない「はず」なのである。

                   

                   今回の、「共謀罪」は全く違う。なんと277の法律に「準備段階」で、警察に呼びつけられ捕まえられる可能性が生まれた。

                  「準備」とはなにか?ほとんど説明がない。担当大臣は説明もできない。地域の友人どおしで飲み会やったら、犯罪の準備とされかねないのである。277の法律の準備とは、担当大臣は、双眼鏡やメモを書くノートを所持とか言っていたが、今はほとんどの人がスマホを持っている。スマホはノートや双眼鏡がなくてもはるかに高度な情報を確保できる。つまり、すべての市民が監視対象になる。

                   

                   罪刑法定主義という人権を守る刑法の大原則が少なくとも277の法律では適応されなくなるのである。考えたり、人が集まれば監視対象になる。かつての治安維持法とどこが違うのか。

                   治安維持法は権力(権力者が)が自分たちにとって「危険」な本や「危険思想」とされたものを持っているだけで検挙され、あげくに、拷問を受けた。最高刑は死刑であった。哲学者の三木清はじめ多くの人が命を失った。

                   共謀罪も市民の基本的人権にとっては極めて大きな脅威となる。一般人が逮捕され2週間も3週間も留置場に入れられたらどうなるか、仕事はまず失うことになろう。犯罪者扱いを受け、普通の生活をおくることはできなくなる。

                   

                   ここでも、「一般人には影響はない」とうそをつき続ける。テロという冠をつけているが、テロ対策法がすでにできていて、ほとんどテロ対策には関係がないことも明らかになっている。

                   

                   そこへあの森友問題よりはるかに規模が大きな加計学園問題である。これも国や自治体の財産(国民のものだ)を総理大臣が、自分の友人たちにただ同様に与えてしまう。これは「総理大臣の犯罪」である。日本は法治から人治へと大きく社会が衰退しているのである。

                          http://digital.asahi.com/articles/ASK5S5JFTK5SUTIL02X.html?ref=nmail     

                   

                  posted by: あおちゃん | - | 07:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  ヘミングウエィとキューバ
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                    ハバナのレストラン「フロリディータ」。ヘミングウエィが通っていたことで有名な店。観光客が押し寄せていた。ノーベル文学賞作家であって、アメリカを代表する現代作家。いつも、ヘミングウエィは同じ席に座り、砂糖抜きのダイキリ(フローズン・カクテル)を飲んでいたという。この日、僕も飲んだが、なかなかうまい。暑いハバナには合う。キューバには有名なハバナクラブと言うサトウキビで作った酒があってこれがなかなかうまい。ヘミングウエイはこれを店に来ると、10杯は飲んだという。

                    20年以上、キューバにくらし、多くの人々と交流しながら多くの本をここで書いた。民衆の中に溶け込んで書いたと思われる作品が多い。

                     

                    長編にはこんな作品がある。最近は、読んだ方は少ないかもしれないが、書名はご存じの方が多かろう。

                    日はまた昇る"The Sun Also Rises", 1926年

                    武器よさらば"A Farewell to Arms", 1929年

                    誰がために鐘は鳴る"For Whom the Bell Tolls", 1940年

                    老人と海"The Old Man and the Sea", 1952年

                     

                    ヘミングウエィは行動派の作家でスペインの内戦にも国際旅団の一員として人民戦線部隊に参加し、フランコなどファシストと戦っている。『武器よさらば"A Farewell to Arms",『誰がために鐘は鳴る"For Whom the Bell Tolls"など、その頃の話を書いた作品も少なくない。

                    スペインの内戦は、1936年に総選挙で共和派(人民戦線と呼ばれた。労働組合、社会主義者、無政府主義者、共産党など)が勝利し、フランコを中心とする軍部の中心が反乱を起こす。軍部や教会を中心にするファシストがすぐ勝つと思われたが、多くの民衆が共和派に参加し本格的な内戦になる。その後、ヒトラーのナチスドイツやイタリアが軍部側を支援し、人民戦線にも世界中から義勇軍として民主主義を守れという人々が参加し、大きな戦いになった。

                     

                    ぼくも数年前に、スペインのグラナダに行った時に、『血の婚礼』などの作品で知られるガルシア・ロルカがフランコ派に殺された場所、ブドウ畑の一角で自分で穴を掘らされて、銃殺された場所を歩いたことがある。


                    ヘミングウエイの作品には映画化された作品も多く、ぼくも、『誰がために鐘は鳴る』を随分昔見た。1943年ゲイリー・クーパーイングリッド・バーグマンの主演で映画化もされた。もちろん、ハリウッド作品だが、こんな映画を第2次大戦中に作る力がアメリカには合ったのも驚く。

                     見た時期は覚えていない。随分昔のことだ。中学生か小学生の高学年のころか。イングリッド・バーグマンを好きになったのはこの映画と『カサブランカ』からだ。ヘミングウエィは名文でも知られていて、大学の受験勉強のころに、彼の作品を英文で読んだ記憶もある。

                     

                      The world is a fine place and worth the fighting for.

                      この世界は素晴らしい。戦う価値がある。

                            

                     Never think that war, no matter how necessary, nor how justified, is not a crime.

                      いかに必要であろうとも、正当化されようとも、戦争は犯罪であることを考えなければならない。

                     

                    posted by: あおちゃん | - | 02:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    キューバ人と音楽
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                      キューバに出掛けた大きな目的の一つ、『ビエナ・ビスタ・ソシアルクラブ』の音楽だった。もちろん、10年ほど前に全世界にキューバ音楽の魅力を伝えた、そのグループは半数はなくなり、今はない。しかし、あのお年寄りたちのキューバ音楽は一つではない。キューバの国中にあると聞いていた。その通りだった。ハバナにも人が集まるところには、お年寄りたちのバンドが街の至る所で、カリブの音楽を響かせていた。

                      ここはトリニダの町。ハバナ以外にも多くのバンドが素晴らしい音楽を聞かせてくれた。音楽が始まると近くにいる人たちのダンスも始まる。酒がなくても、音楽で人々は楽しむ。

                       

                      これだけ注目され、みんなを喜ばせるなら、年をとる暇はないだろうと思う。事実、急場人の平均寿命はアメリカ大陸では最高。もちろん世界的に有名な、高い医療水準もあるが、音楽やダンスなど年をとっても楽しむ場がある。

                       

                       

                       

                      posted by: あおちゃん | - | 00:29 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |