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新座総合技術高校は輝いていた
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      昨日は、ぼくが教師になって初めて担任をしたクラスの同窓会だった。35年前のことだ。その高校は埼玉県立新座総合技術高校。この高校の創立期に学校づくり関わる体験をした。リーダーは、黒板に掲げられた人物、秋山太蔵氏である。亡くなって15年ほどになるだろうか。ぼくは教員採用試験に合格して、1983年の春にこの校長に呼ばれて、この高校に行った。埼玉県出身でもなく、「新座」という名前をなんと読むか、知らなかったことを思い出す。

     

    もちろん、どんな高校なのか、全く知らない。ぼくは、そもそも教育学を勉強したこともなく、教職はある大学の通信教育でとったぼくとしては、教育は全くの素人?自分の体験しかない。そもそも教師になったのも30歳を超えて、娘が生まれてそろそろ定職に就かなければと焦った結果だった。それまで、家庭教師や小学校の警備員をしながら研究者を目指して暮らしていたことにそろそろ、このままでいいか、という行き詰まりの気持ちが高校教師の道をぼくに選ばせた。

     

    この学校は新設校で、この「生徒」たちは1期生だった。僕も1年生、生徒たちも1年生。わからない同士のクラスで、面白かった。自由で、みんながいろいろやった。

     

    秋山校長はそんな僕たち、若い教師にも生徒にも自由に行動させてくれた。6学科もある高校で、家庭科系、工業系、情報系、商業系、デザイン系という多様な生徒や教師が混在する。1年生はミックスHRで、同じクラスにデザインを勉強する生徒、ロボットを動かしたり、コックを目指す生徒など、いろいろ。こんな多彩で多様な生徒や教師がこの学校で活動して、学校が色とりどりに鮮やかに輝いたのである。

     

    面白い学校だった。「違い」が輝くのである。もちろん、古いタイプの「固い教員」からは不満が出る。彼らは緩さが嫌なのだ。一色が良いのだ。そんな難しい学校でコンダクターの秋山氏はたぶんつらかっただろうと思う。ぼくは数少ない普通科の教師だった。

     

    僕はそんな秋山校長が好きだった。秋山さんもよく、新任の僕に声をかけてくれて、いつの間にか、僕はしっかり校長のアイデア係りになっていた。たまたま、住んでいるところも近く、行き帰りはよく一緒になって、冬の寒い日、北朝霞の串焼き屋で二人で焼酎を飲みながら、学校や教育を語り合った。あれが、ぼくの最高の新任研修だった。

     

    そんな学校の、生徒たちに声をかけられて、同窓会に出かけた。素敵な会だった。やはり、感動と涙の会だった。元生徒のみんなから、「青砥先生はこんなだったっけ!」と笑われてしまった。(続く・・・)

    posted by: あおちゃん | - | 00:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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