PR
Search
Calendar
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< May 2017 >>
New Entries
Recent Comment
Archives
Profile
Links
mobile
qrcode
RSSATOM 無料ブログ作成サービス JUGEM
キューバ その1
0

     

    5月2日にメキシコ経由でキューバに出掛ける予定が期限が切れたパスポートを持っていくという誰からも笑われてしまうようなミスをして、2日遅れで、今度は、切り替わったパスポートを持って、まず、メキシコシティへ、1泊して、キューバのハバナに出かけた。

     

    ここは空港から宿舎(ホテルではなく、民泊にした)までの途中の「革命広場」。民泊とはキューバ政府が進めている、一般の家庭で使用していない部屋を旅行者に貸す宿だ。ハバナや次に出掛けたトリニダにはたくさんある。2〜3千円出1泊できる。トリニダはもっと安かった。

     

    革命広場には、クラシックカーがずらりと並んでいた。町の中出走っている車もクラシックカーの方が圧倒的に多い。1950年ごろの車が「立派に」走っている。確かに、燃費は悪いかもしれないが、ゆったりして、乗り心地ははすこぶるいい。大事に修理しながら使っているようだ。今は人気で高額化しているそうだ。ここでも、多くの観光客が、クラシックカーを選んでいた。

     

    3人の写真が描かれた建物があるが、真ん中は、フィデルの弟でラウル・カストロ、今のキューバ政府のリーダーで、ゲバラやカストロ、カミーロと共にキューバ革命のリーダーだった。

     

    革命広場には、政府関係の施設が集中していて、内務省の建物にはご存じ、ゲバラの顔が。もう一つの政府機関の建物には、やはり1959年のキューバ革命の指導者の一人、カミーロ・シェンフェブスの顔が描かれている。(最初の写真、クラシックカーの車の上

     の建物)カミーロの顔の下には、こんな文字が描かれている。

     

     (フィデル)「これでいいかい。カミーロ」

     (カミーロ)「それでいいよ。フィデル」

     

    当時のキューバ革命の若いリーダーたちの関係性が知れる言葉で楽しい。

     

    キューバ革命の指導者、エルネスト・チェ・ゲバラもその後、キューバの指導者として、民衆から、Comandante(司令官、指導者と呼ばれていた)フィデル・カストロも亡くなったが、彼らが清貧を貫き、今もって民衆から愛された指導者であったことを、色々な人たち(市井の人たちだ)から聞いた。

     

    ハバナの次に300キロほど離れたトリニダに行ったが、ここでも、民家にとまったが、宿の女性から、「Comandanteが亡くなった時には私たちも泣いたわ」と話すのを聞いた。

     

    キューバは、長年のアメリカの経済封鎖によって、経済的な苦境が続いて、みな貧しい。インフラも十分ではない。キューバの前に、メキシコシティに行ったが、アメリカの隣のこの国では貧富・人種間の格差を強く感じたが、キューバではほとんど感じなかった。夜、メキシコでは出歩くのは相当な注意が必要だが、キューバは、町は暗くても夜遅くまで、家の入り口に、近所の人が集まっておしゃべりしている風景をたくさん見た。穏やかや、地域ができている風景である。

     

    格差が地域をどのような変えたか、格差がない社会が、人をどうつないでいるか、その様子を次回も書いてみたい。

     

     

     

     

    posted by: あおちゃん | - | 00:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    スポンサーサイト
    0
      posted by: スポンサードリンク | - | 00:24 | - | - | - | - |









      この記事のトラックバックURL
      http://youthnet.jugem.jp/trackback/1033
      トラックバック