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桜木町大運動会
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      昨日は大宮の桜木町の運動会でした。若者自立支援ルームの若者たちがこの運動会に参加するのも5年になります。毎回参加させていただいている。地域の自治会の方々に応援していただいて感謝感謝です。

     

     昨日はまさに秋晴れというより暑い日でした。熱中症にならないか、そんな心配をしながらの競技でした。若者たちも出番が次々にあって、休む暇もなく少し疲れたかな。地域の方々とのコラボで十分に楽しめた1日でした。

     

     ルームは地域の支えで成り立っています。夕方からは、反省会に若者も二人一緒に参加して、ビールをのみながら地域の方々とお話して終わりました。

     

     

     

    NPO法人さいたまユースサポートネット

     

     

     

    posted by: あおちゃん | - | 12:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    1987、ある闘いの真実 (韓国映画)
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       今、新宿で公開中である。韓国の現代史、市民が自らの力で勝ち取った民主主義をえがいている。

      何回か前のブログで『タクシー運転手』を紹介した。この映画は1980年の光州事件をえがいたものだ。やはり、自由と民主主義を求める韓国の市民運動をえがいた。

       

      ソウルに住む一人の運転手と外国人ジャーナリストを軸に1980年の韓国市民の戦いと当時のチョン・ドファンが率いる軍事政権の市民や学生たちに対する徹底した弾圧、軍は市民に銃弾を発射した、そんな事実をえがいた。映画としてもエンターテインメント性を持つ面白い、つらい映画だった。若者たちが男女の違いなどなく次々に銃弾に倒れていく状況は本当につらい。

       

       民主主義や自由はこれほどまでに過酷な戦いを経なければか実現しないのか。現在のムン・ジエイン大統領が昨年の光州事件の追悼式で、自らそのたたかいに参加した一人として涙を流して居たのも当然だろう。

       

       『1987年、ある戦いの真実』は1980年の光州事件から7年。光州事件で弾圧を命じたのは、チョン・ドファン(全斗換)だが、1987年にも依然として、韓国の軍事独裁政権の最高権力者、間接選挙で大統領になっていた。韓国の自由を求める民主化運動を弾圧する機関は南営洞にあった警察だったが、そこで1人のソウル大学生が拷問で殺される。

       

       死体を親にも見せないで火葬して事件をもみ消そうとする南営洞警察とその所長。認めない検事、それをかぎつけた新聞記者。そして地下にもぐって、抵抗運動を続ける人々、仲間を殺され、戦いの中に参加していく学生たち。

       

       この映画の主役は、学生を殺し、民主化運動を圧殺しようとする南営洞警察のパク署長である。キム・ユンソクが演じている。次の写真の中央の人物だ。韓国では著名な演技派の俳優だ。

       

       しかし、先の『タクシー運転手』でも感じたが、韓国の現代史はすさまじい。朝鮮半島の分断の中で休戦とはいえ、戦時下で、いつ、38度線をはさんだ南北両軍が戦火を交えるとも限らない中で、「北の共産勢力がを考えれば自由や民主主義などあきらめ、軍の支配下に居たほうが安心だろう」という中でも、市民や学生たちがそれでも自由と民主主義を求めて、命を懸けて戦う姿をえがいた映画。一人の大学生の死が、多くの市民や学生の力で、韓国全土に運動が広がり、チョン・ドファン軍事独裁政権は崩壊する。

       一人の若者の死を多くの国民が許さない、不正義の上に成り立つ権力を許さないという国民の感情が独裁政権を倒した。

       

       沖縄でつい最近、県知事選挙があり、「沖縄にさらに米軍基地を作ることは許さない」という知事が誕生したが、他方は、基地が増えても、金が入って豊かになれば得だろうという、(実際は基地が沖縄の経済にとって大きな負担になっているのはすでに明らかになっている)勢力が敗北した。

       

       いつまで、犠牲を沖縄だけに押し付けるのかを怒りを感じながら見ていたが、韓国の人々のたたかいは私たちの国が経験したことのない戦いなのだ。自由と民主主義とは何か、日本社会が韓国社会から学ぶものはあまりに大きい。

       

       NPO法人さいたまユースサポートネット

      posted by: あおちゃん | - | 23:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      前川喜平さんと北星余市高校へ行った・・・
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         先週の月火の2日間は北海道の北星余市学園高校を文科省の事務次官をされていた前川喜平さんと訪問しました。来年の2月11日に東京の上北沢タウンホールで北星余市航行の卒業生やPTAの方々と一緒にフォーラムを開く(もちろん北星学園が主催です)のですが、その事前打ち合わせでした。

         

         いつもながらですが、PTAの方々や先生方からあたたかい歓迎をいただき、楽しい時間でした。久しぶりでしたが、生徒さんたちとお話しする時間もあり、やはり、日本の学校というと管理と強制がすっと出てきますが、それとは無縁にやっていこうという学校のあり方についていろいろ学ぶことが多い2日間でした。

         

        前川さんも生徒の話を興味深そうに聞いておられました。

         

         生徒たちのほとんどは、中学や高校で不登校の経験を持っていますが、この学校のフラットな人間関係野中で人の温かさや人間手まんざらでもないことを学んでいくんだろうと思います。

         

         学びは本当は競争でも強制でも内のですが、競争が働かなければ「習得」できないと、多くの日本人、特に学校関係者は思っているんですね。実は競争がないほうが、研究や学びにはずっといいのですが。

         

                                    

         

              

         余市川には鮭が遡上し、最後の命を振り絞って子孫を残すがんばりをしています。写真では見えづらいのですが、この川の中にはたくさんの鮭が川上に向かって上っていました。

         

        帰りの小樽から札幌に向かう電車の中から石狩湾を取ったものです。この日はいい天気で風は涼しいのですが、天気のよさで寒さは感じませんでした。

         

        posted by: あおちゃん | - | 16:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        レバノン映画「判決、二つの希望」
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          今、シリアの内戦で繰り返し悲劇が繰り返されているのは多くの人は知っている。同時に、リビアやイエメンでも戦争は終わりそうもない。

           

           1980年代に、同じ中東のレバノンでもキリスト教民兵とイスラム教徒を中心とするパレスチナ難民の民兵との間で激しい戦闘があった。もちろん、背景には、イスラエルによるヨルダン川西岸の占領で多くのパレスチナ人が難民となり、ヨルダンやレバノンに移住した(逃げた)という背景がある。

           

           背景は何であれ、結果として激しく、殺し合った歴史を持てば、その犯罪性が正当に評価され、互いの憎悪感情の回復にまでされていなければ、その記憶は癒されることもなく、30年経っても、憎しみや記憶は、「かさぶた」のように、何かのきっかけで、再び、表面化する。   当事者でもあり、そんな事実を描いたレバノン人監督やレバノン人、パレスチナ人俳優が登場する傑作である。              

           

                         

          対立は二人の男の口論という些細なことから始まった。ただ、一人はマロン派キリスト教徒のトニー、相手はイスラム教徒のパレスチナ人難民である配管工のヤセル。互いに、1975年から1990年まで続いたレバノン内戦の当事者だった。

           

          ところがマロン派キリスト教徒のトニーも生まれた地域は、ある戦闘集団に多くの住民が殺害され、父親に抱かれて逃げた体験を持っている。しかし、この事件を起こしたのはだれか、いまだにわからない(というより、この国では過去の内戦についてはすべて責任を問わないことになっている)。これだけ多くの人々を巻き込んだ殺戮で、事項者や責任を追及することが困難になっている。

           

          責任を問わないことがどのような社会を生んでいるか、何かあると、再び、かさぶたがはげるように、血が噴き出すのである。

           

          もう一人のパレスチナ人ヤセルは、イスラエルによって生まれたふるさとを追われ、家族もバラバラになって、ヨルダンへ、そこも追われ、ベイルートの難民キャンプに暮らすが、仕事すらなく、不法就労扱いを受ける難民である。パレスチナに暮らしていた時代は大学で専門教育を受け、将来を期待されていた。

           

          1982年にはイスラエル軍もレバノンに侵攻し、イスラエル軍に応援されたマロン派民兵がパレスチナ人難民を数千人虐殺するという事件も起きている。

           

          はじめは、「くず野郎」というパレスチナ人配管工ヤセルの些細な言葉が、次のキリスト教徒のトニーの投げつけた言葉は、「シャロンに殺されていればいい」 だった。1982年の軍事作戦を指揮したのは当時、イスラエル国防相のアリエル・シャロンである。

           

          この二人の些細な口論が、弁護士の対立をあおるような法廷戦術や法廷内の争いにとどまらず、大々的なメディアの報道によって、レバノンを揺るがす対立に発展するのである。

           

          この映画がなぜ、これほど世界中で評価されたのか。(ベネチア映画祭で最優秀外国語映画賞にノミネートされ、パレスチナ難民を演じたカメル・エル=パシャは最優秀男優賞を受賞した。カメルはパレスチナ出身の難民である。)

           

          人間の憎悪はどんなに深くても、謝罪を繰り返すことで、互いの寛容さにまで至るのか、その人間の営みを描いている。対立をあおる政治家やメディア、どうすれば人間は寛容になれるのか、そんな苦しみや悲しさを交え、描いた優れた、しかも面白い、ワクワクしながら2時間があっという間に過ぎていくそんなレバノンの映画だった。多くの死と迫害と不寛容を経験した人たちだからこそ、これほどの寛容を描けたのか。

           

          posted by: あおちゃん | - | 13:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          夏の谷中湖
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              日曜日は親戚の法事で栃木県に出かけ、帰りに、渡良瀬遊水地に寄った。足尾鉱毒事件による鉱毒を沈殿させ無害化することを目的に渡良瀬川下流に作られた遊水池である。今はこんなに美しく、ラムサール条約によって鳥たちを守る池にもなっている。

             

             この日もサイクリング?の協議会が開かれていて、素晴らしい景色の中で競技が開かれていた。この北側に、旧谷中村跡がある。19世紀末に日本政府から古河鉱業に払い下げられた足尾銅山による鉱毒事件の現場である。日本で最初に社会運動となった公害事件である。 明治天皇に直訴したといわれる衆議院議員田中正造の闘いは様々なメディアで紹介されている。

             

             

            これは ホテイアオイ  夏に咲く。メダカや金魚鉢に浮草として使われる。きれいなかわいい花だ。

            今年の夏は こんな入道雲が多い。この中で雷が発生していた。気候変動と言われる理由にもなっている。

             

             

             

             

             

             

             

             

            posted by: あおちゃん | - | 07:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            山陰の夏のある日
            0

               

              先週から大阪へ。それから姫路経由で郷里に帰った。1週間遅れのお盆の帰省でした。鳥取地方も暑く、ある日は39度ととんでもない暑さでした。父と母が生きていたら大変でした。二人は、今は郷里の日本海に近い畑の中のお墓の下にいます。郷里に帰ると、思い出すことばかり。

              父と母が生きているころ、たまに帰ると、父と一緒に酒を飲むと、すっかり弱くなった父が「うまいじぇ」と言って小さな盃に一杯か2杯飲んでいた。風呂に入れると「いい湯だ」と言ってゆったり入っていた。今はだれもいない家で思い出すたびに涙がこぼれる。

               

              台風20号の直前の参院の風景。田の稲と空が美しい。

               

               

              大阪に2日、病気をしている姉と久しぶりに食事をし、翌日は、西成の釜ヶ崎で子どもたちと一緒に暮らしている「子どもの里」の荘保共子さん(釜ヶ崎のマザーテレサといわれている)やユーアイ(隣保館)で学習支援をしている寺本好弘さんと会って一緒に飲んだ。みんな、苦労しながら、子どもたちの支援をしている。全国で最も困難な地域と言っていい。生活保護率25%と言ってピンとくるだろうか。パーミル(1000分の1の単位)ではない。4人に一人が生活保護を受けていると言っても、これには歴史がある。ここ数年の話ではない。高度経済成長期に主として西日本各地から、ドヤで暮らし、働きに来た人たちが高齢化したのである。

               

               

              鳥取県の子ども支援の方々と飲み会があって鳥取に出かける途中、倉吉から松崎、泊、青谷へ。途中で乗ってきた高校生たち。8月24日には学校が始まるんだ。早いなあ。こんなに暑い日に学校に行って何ができるんだろう。昔、高校教師だったころ、9月の初めに文化祭があって暑い日に、生徒たちと一緒に汗まみれになりながら準備をしたことを思い出す。

               

               

               

               郷里の駅、倉吉駅。山陰線は今だというべきか、ディーゼル列車(新幹線どころか電化されていない)で単線である。ここから鳥取まで普通列車で1時間近くかかる。なぜか、線路が1本しかないから途中の駅で、5分か10分停まって、待つしかない。時間がないとイライラするが、この日は高校生たちと一緒で風景を楽しみながら、鳥取に行った。

               

               

               

               

              posted by: あおちゃん | - | 11:34 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              銀座は外国人が・・
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                先週は日曜日に夕方、栃木県の医師の方からいろいろ相談を受けたのだが、大宮駅の寿司屋さんでお話を聞いた。もちろん、酒を飲みながらだが、関東から東北のお酒が中心。酒もいいが、この鱒と江戸切子のグラスが何ともいえず、良い。酒の透明感が一層美しくなる。キュート2,3杯いただく。疲れなど吹っ飛ぶ。

                N先生とは昨年から数回お会いして、宇都宮で講演もさせていただいた。議員さんやら、行政の方やら、ぼくがお話した会には急用で来られなかったが、県知事も参加されている会だ。

                 

                前日の土曜日は久しぶりに銀座に出た。家族と映画を見て、それから、次女も入れて、銀座のポルトガル料理を食べた。数年前には、ポルトガルにも出かけたことがあって、ヨーロッパの小さな国だが、イワシ料理やタラの料理がうまい。

                 

                久しぶりに銀座に出かけて感じたこと。外国人の観光客が本当に増えた。子ども連れも多いがこんなに暑い国に来て大丈夫なのだろうか。昼の間に街を歩くなんて怖くてできないが、だからといっても、日本の夜は早く店じまいだ。

                 

                スペインなどは 夜は9時にオープンという店が普通だが、日本は10時には店じまいが多い。夏に日本で観光をするのは難しい。

                こんな国で、真夏のオリンピックを開くなんて愚の骨頂。 アメリカのテレビ局の都合らしいが、もうそろそろ、オリンピックなどという先進国でたらいまわしのような事業は先が、見えている。

                 

                東京都民も初めは興味がない人が多数だったようだが、未だ、真夏のオリンピッ苦を見たいかな?

                ⒑数日、興味のないスポーツがテレビを占拠する。サッカーの時もそうだったが、まったく興味のないぼくとしては、スポーツを放送しないテレビ局もあっていいと思うが、少数派なのかな?

                 

                 

                 

                 

                posted by: あおちゃん | - | 16:37 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                大宮の夏祭りが始まった
                0

                                      

                   今日から大宮の夏祭りです。おみこしの収納してある神社の清掃から始まり、今日の歩行者天国の幼児のゲームづくり、そして運営とやらなければならないことはたくさん。

                   

                   お祭りって準備が大変です。ほとんど準備です。その準備から、今日から2日間、本番が始まりました。ルームの玄関までおみこしがやってきて、みなさん、桜木町2丁目の方々で、毎年お祭りや地域のイベントでお会いする。ルームができて毎年のように何度もお会いするようになった。

                   

                   地域の方々に支えられるルームであることを実感しています。感謝です。

                   

                  西日本は大雨で大きな被害が出ています。本当に大変な夏です。毎年のように被害が出て、これはいったい、自然災害なのでしょうか。これほど豊かな日本で、毎年、洪水が起きるなんて。そこにお金を使えないのでしょうか。

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                  ↓さいたまユースサポートネットのHPもぜひご覧ください。

                  https://saitamayouthnet.org

                  posted by: あおちゃん | - | 22:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  ルームの文化交流
                  0

                                    

                     

                     先週はルーム(さいたま市若者自立支援ルーム)の文化発表会だった。利用者の若者たちの作品を展示して外部の方に紹介する取り組み。

                     

                     この日は水曜日で定例のランチカフェの日でもあった。日頃の作品を見ていただくのですが、それだけではなく、昨年から始まった劇団(青年劇場)とのコラボで利用者のM君の脚本で映像はイラストおとぎ話をいくつか組み合わせて、語りは利用者のみんなが担当した。BGMも利用者やスタッフが参加してギターなどを演奏して盛り上げた。

                     

                     なかなか面白かったですよ。やはり、ルームは文化交流の場。どんどんもりあげたい。

                     

                     

                                                         

                     

                     

                    ↓若者自立支援ルームの最新情報はTwitterで発信しております。

                    https://twitter.com/synetr

                     

                    ↓さいたまユースサポートネットのHPもぜひご覧ください。

                    https://saitamayouthnet.org

                     

                    posted by: あおちゃん | - | 00:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    戦後教育改革の歴史と暑い夏
                    0

                       毎日、ものすごい暑い日が続きます。いったいこの国はこれからどうなってしまうのか。2年後はオリンピックだそうですが、本気でやるんだろうか。マラソンなど、何人、犠牲者が出るのか、考えられるほどの暑さです。夏のオリンピックなんて誰が始めたのか。50年前のオリンピックはたしか、10月だった(体育の日は10月10日でしたね)。

                       

                       中国・四国地方で大きな災害が発生し、そのさなかに政権政党の中心的なメンバーは宴会真っ最中。いったいどうなっているんだろう。この国は。僕の知人も、この災害の中で行政の中心にいて災害からの復興に毎日、汗を流しておられることと思います。心からのお見舞いを申し上げたいと思います。

                       

                       今日も、朝から行政の方々と打ち合わせをし、事務所に戻って、大宮に行ったり、汗をふきふき、さいたま市内を歩きました。最後の仕事は生協の方々との話し合い。私たちの事業は、会場を埼玉県内の最も大きな団体のコープみらいさんから会場をお借りしています。感謝です。

                       

                       学び直し事業の「いっぽ」ですが、高校を中退した若者たちを応援する事業です。不登校の高校生や長らく学校とは縁がなかった若者たちが「いっぽ」にやってきています。おおくの若者にぜひ、利用してほしいです。

                       

                       この場が、彼らにとって少しでも役に立ったらいいな。

                       

                       大学の講義は前期は昨日で終了。楽しい14日間(回)でした。貧困や格差を地域から考える、ロバート・パットナムを紹介することから始まり、戦後の教育改革、山形の山元村のやまびこ学校、戦後の教育改革の歴史をたどりました。韓国と日本の民主主義の差異についても触れました。結局、格差と貧困問題に最後は再びたどり着いてしまった授業でした。

                       

                       14回の授業をやって、学生たちとじっくり議論できたかな。10人ぐらいだったら、いろいろお話ができるので、50人は少々多いですね。しかし、楽しい授業でした。

                       

                       

                       

                       

                      ↓さいたまユースサポートネットのHPもぜひご覧ください。

                      https://saitamayouthnet.org

                       

                      posted by: あおちゃん | - | 00:29 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |